千葉県の児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)を読んで

ご無沙汰しております。

一年ぶりになってしまいました。

 

あまりミーハーなことはしたくないのですが、このままではずっと何も書かなそうなので話題の報告書について思ったところを書きます。

 

児童虐待死亡事例検証報告書(第5次答申)について/千葉県

 

川崎二三彦委員長をはじめ、錚々たるメンバーで執筆されており、なかなかの読み応えです。

 

ちなみに、この投稿は報告書のまとめ・要約などではなく、自分の感想をつらつらと書いているだけなので、報告書の実際の提言などを知りたい方はご自身でご覧いただければと思います。

 

なお、すでに事件に関わった自治体や個人の名前などが報道されていますが、ここでは報告書の内容に合わせた記述とします。

 

  

対応の問題点

行政批判が 目的ではありませんが、なかなか多くの要素が詰まっているので思ったところを列挙します。

 

児相の対応

・通告の受理から一時保護までの対応はスピーディかつ適切なものだった。

・その後、ケース検討会議を開催していない(=援助方針がない)

・援助方針が固まっていないにもかかわらず父母と懇談を行っている。

・子どもに必要だと思われる援助方針を児相の方から提示すべきなのにもかかわらず、なぜか父母の方からプランを提示させている。しかも、加害者である父親が連絡・調整した父方祖父母をなぜか信用してしまった。

・DVに対する視点が欠けていた

リスク管理の方法の確認、約束を守らなかった場合の取り決めなどをせず、対応がなあなあになってしまった。結果として、状況の変化が何もないにもかかわらず父親に子どもを引き渡す形となってしまった。

・一時保護を行った児童に兄弟がいる場合、その兄弟も保護する必要がある。今回のケースでは妹がいたが保護されていなかった。

・子どもの希望があったから〜、学校と話し合って~など、外部要因のために一時保護等を実施しているような説明が多かった。一時保護は児相の権限において実施するものであり、法令等に基づいてその判断を行っていることを示し、毅然とした態度で臨まなければならない。

 

・学校との打合せが不十分なまま、父親が学校と直接やりとりをすることを容認してしまったが、虐待ケースの扱いに慣れない学校にとって負担が大きかった。

・学校と父親の面談に児相が参加せず、学校に任せてしまった。児童虐待防止法児童福祉法に精通していない人だけで対応するのは難しい。

 

性的虐待

性的虐待があった場合、加害者がいる家庭に帰ることは困難と判断し、すぐにでも施設・里親等への措置を検討しても良かったのでは。

・同様に、加害者との面談は精神的負担が大きいため避けるべきだった。面会制限としてもよかった。

 

児相以外 

・ 市町村の担当者、教育委員会の対応(の不在)

 → 虐待等の理由により支援の必要な子どもについて、情報交換をしたり支援方針を協議したりする要保護児童対策地域協議会(要対協)は、児童相談所ではなく市町村の家庭児童相談の担当課が主導して開催することになっている。

 → 結果として、市町村も教育委員会も、児相がなにかをするのを待つ姿勢になっていたように思われる。どの地域にも言えることだが、児相以外の機関の専門性も高めていく必要がある。

 → 特に、教育委員会にも学校や児童、保護者などから相談を受ける部署はあるはずで、虐待の知識をもった担当はいないとおかしいのでは。

 

学校

・学校がアンケートのコピーを渡してしまったインパクトはやはり大きい。子どもがもう誰にも相談できないと考えるには十分すぎた。

・2015年には「連続して欠席し連絡が取れない児童生徒や学校外の集団との関わりの中で被害に遭うおそれがある児童生徒の安全の確保に向けた取組について(通知)*1」が発出されている。その中で、7日以上の欠席で教育委員会等に報告することが求められており、虐待が疑われる場合には市町村・児相へ相談・通告する必要がある。今回は既に児相が関わっているケースではあったが、何度も相談をすることで児相のアセスメントにも影響が出るかもしれないので、手続きを省略するべきではない。

 

得られる教訓

今回の事案は、いろいろな要素が絡んでおり、それらが入り組んでいったことで悲しい結果となってしまったわけですが、その分、多くの教訓が得られるのではないかと思います。

 

無職の父親が家にいることのリスク

無職の人=虐待をするという因果関係があるわけではありませんが、子どもと大人の単純な接触時間が長いほど暴力を受ける確率も当然に高まります。

特に男性は仕事での成果が自尊心に繋がっているところもあり、職探しが上手くいかないというストレスを抱えた大人が常に家にいることは、虐待の大きなリスク要因となりえます。

 

転居によりリスクが高まるだけでなく、転居そのものが大きなリスク要因となる

大阪の2児遺棄致死の事例などもあったように、子どもの虐待がある世帯が転居することは、とても大きなリスク要因となります*2

 

虐待ケースには守秘義務がある

単純に情報の開示を求められても、児童福祉法の規定を根拠として突っぱねることができます。また虐待通告は、虐待の「疑い」があるというだけでも問題がなく、通告をしても名誉棄損には当たりません。

今回の件は、もし学校と父親の面談に、児童福祉法児童虐待防止法に詳しい人がいれば一蹴できたレベルのクレームだったんじゃないかと思います。(納得はしないと思うけど。)

 

子どもの意見表明

・一時保護した子どもが父母との面会を望んでおらず、その意向に沿って面会をしていなかったのに、途中で急に「思い切って父母と会ってもらった」とのこと。いやダメだよ。

 

・子どもにとっては、殴られる痛みなどよりも、先行きが不透明であることからくる「不安」の方がより大きな恐怖となります。

そのため、一時保護した子ども自身に対して、手続きの流れや、生活するうえで変化することなどについて分かりやすく説明をし、その後の生活の見通しが立つよう支援するとともに、可能な限り子ども自身の意見を反映していくことが求められます。難しいとは思いますが。
www.daitaigyakutai.com

 

そもそもの問題…

この報告書を読んでいて一番驚いた点は「15万人の人口のある地域をたった2人の児童福祉司が担当していた」ということ。驚いて声出た。

児童福祉司の配置は、人口5〜8万人あたりに1人程度とされていましたが、2016年の児童福祉法施行令の改正時に、人口4万人あたりに1人とすることになりました。

また、この事案などを受けて策定された「児童虐待防止対策体制総合プラン」(新プラン)では、さらに人材を確保し、人口3万人あたりに1人を目指すことになっています。

 

ここまでつらつらと児相の不味い対応などについて指摘してきましたが、そんなもん2人で仕事回さないといけない状況なら、そらぁそうなるわって話です。

 

どのタイミングで対応するのがベストだったか

この報告書を読んで一番の感想。

千葉県千葉県と報道され批判されていますが、今回のケースは、転出前の自治体で母方親族よりDVの相談があった際に、児相への通告・保護に繋がらなかったところが一番のターニングポイントだったのではないかと思いました。

たとえ子ども自身が暴力を受けていなかったとしても、家庭内でDVがある場合は「心理的虐待」であり、子どもの発達に大きな影響を与えます。

 

転出前の自治体では、DVを受けていた母親本人ではなく、母方の親族から相談があったようです。またその相談も、児相ではなく市の母子関係の部署にされたということでした。

児童虐待防止法では、第六条で「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを~通告しなければならない」としており、通告を義務付けています。

今回、母親自身はDV相談を希望していなかったようですが、それでも子どもがDV環境にいたのであれば、市の母子関係の担当者から、児相に通告してケースを繋ぐ必要がありました。

 

暴力による支配によって、その環境から被害者が逃げ出せないことがありますが、支援者としてはどうしても親と子を一体で助けたいと思ってしまいます。

しかし、危険だと分かっている場所に子どもを置き続けることは、虐待の一種であるネグレクトに該当する場合があります。

支援をしていくうえで、被害者の気持ちに寄り添うのはとても大切なことです。しかし、子どもの保護については、あくまでも「子どもの安全にとってどうか」という視点だけを基準とし、時には保護者の意向に反する保護もしなければなりません。

 

www.daitaigyakutai.com

 

こちらのエントリの最後の方に、似たような事例の紹介があります。そちらは実父ではなく継父によるDVですが、参考になるかと思います。

 

市民は何をすることができるのか

毎度のように児相への批判が繰り広げられますが、たった数十人のスタッフでできることは限られているに決まっています。(今回の地域の場合は2人の児童福祉司で担当してましたが、 、)

本当に子どもの虐待被害をなくしたいのであれば、市民一人一人が何をできるか考え、行動していく必要があります。

 

今回のケースに限らず、この児相では一時保護所が常時満員を超えているという現状があったようです。

まだ私の感覚でしかありませんが、児童虐待による死亡事例と一時保護所の定員には相関があるように思います。今後考察を加えていくつもりですが、より危険度の高い児童を保護していて新たなケースの保護を躊躇する、または保護した子どもの家庭の状況が十分に改善していないのに再統合してしまう、ということが起きるのではないかと考えています。

 

そのような一時保護所の状況を改善するためにも、子どもの行先、受け皿を増やしていく必要があります。

具体的には、里親に登録する人を大幅に増やしていく必要があります。

 

子どもが家庭に復帰できない場合の社会的養護の受け皿は、原則として家庭的な環境での養護が望ましく、施設養護は例外的な場合に限定するべきだとされています*3
(翻訳本もあるよ。国連子どもの代替養育に関するガイドライン―SOS子どもの村と福岡の取り組み

ところが、日本では里親登録が少なく、家庭的養護である「里親への委託」がそもそも選択することすらできない状態だったりします。

各小学校区に数世帯ずつ里親がいれば、子どもが「保護者からの虐待」という理不尽な理由で転校することなく、学業を継続することもできます。

十分な数の里親世帯があれば、一時保護した子どもを家庭的な環境に移し、新たに危険な状況にある子どもを保護することができるかもしれません。

現在の状況を変えるには、行政だけではなく市民の力が必要です。

 

 

おわり

適当にバーッと書こうと思ったら当初の思惑に反してめっちゃ長くなってしまいました。辛い。

それだけいろんな要素が絡まった事例だったということかと思います。

 

色々書きましたが、一番大事なのはやっぱり虐待をゼロにするためには絶対に市民の力が必要だという点です。

今回のケースや、目黒区のケースで、児童虐待に対して多くの人の関心が向けられました。今回こそは一過性の行政批判で終わらせることなく、市民による運動に繋げて、抜本的な解決に近づけていくことができたらいいですね。

 

おわり

*1:文部科学省,(2015)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1360254.htm

*2:今回の事例などを受けて、子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)では、「転居」を特集として扱っています。厚生労働省(2019)、「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)」、

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190801_00003.html

*3:国連総会採択決議 児童の代替的養護に関する指針厚労省訳 pdf)

殴られても「家に帰りたい」と言う理由について

テレビを見ないのでよくわかりませんが、児童相談所が関与したにもかかわらず子どもが命を落とした事件が話題になっているようです。

 

この事件を伝える報道の中で、被害児が「家に帰りたい」と言っていたことを伝えるものもあり、混乱している方もいるかもしれません。

 

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待機児童とふるさと納税の表?をつくってみた。

虐待と関係ありませんが、個人的にふるさと納税が嫌いなのでパパッとつくってみました。

 

本当はもっと別の記事を書かないといけないんだけど。

 

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虐待による死亡事例等の検証結果等について(第13次報告) ―疑義事例について他

しばらく更新しない間に、「虐待による死亡事例等の検証結果等について(第13次報告)」が発表されてしまいました。

コツコツとしたことができない自分にビックリするわ。

www.mhlw.go.jp

 

第13次報告は平成27年度中の虐待死事例等について検証したものです。

件数を見てみると、

 

心中以外の虐待による死亡事例:48例(8例)/52人(8人)

心中による死亡事例:24例(0)/32人(0)

 

となっており、前回の第12次事例よりも心中以外~で5例/8人、心中ケースでは3例/5人の増加となっています。

 

というわけではありません。

 

上記の数値を見て、あの括弧はなんだ?と思われた方は鋭い。

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子ども虐待による死亡事例等の結果報告等について第12次報告の結果から

子ども虐待による死亡事例等の結果報告等について(第12次報告)を読んだ感想について。(過去に別のところで書いたものを基にした文章です。)

www.mhlw.go.jp*1

 

*1:2017年2月21日アクセス

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