虐待による死亡事例等の検証結果等について(第13次報告) ―疑義事例について他

しばらく更新しない間に、「虐待による死亡事例等の検証結果等について(第13次報告)」が発表されてしまいました。

コツコツとしたことができない自分にビックリするわ。

www.mhlw.go.jp

 

第13次報告は平成27年度中の虐待死事例等について検証したものです。

件数を見てみると、

 

心中以外の虐待による死亡事例:48例(8例)/52人(8人)

心中による死亡事例:24例(0)/32人(0)

 

となっており、前回の第12次事例よりも心中以外~で5例/8人、心中ケースでは3例/5人の増加となっています。

 

というわけではありません。

 

上記の数値を見て、あの括弧はなんだ?と思われた方は鋭い。

 

実は今回の報告から、都道府県等の自治体が虐待による死亡と断定できなかった事例についても報告させ、それを児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会(以下「委員会」という。)で検証することになったのです。

その検証の結果、心中以外~のケースのうち、8例(8人)について、他の死亡事例と同様に報告書で取り上げるべきだと判断されました。

このように、都道府県等の自治体で虐待死と判断できなかったケースを「疑義事例」と呼び、虐待死と同様に検証の対象とすべきであると委員会で判断されたものについては報告書上で死亡事例に加えてカウントされています。

(つまり、これまでの報告と同様に虐待による死亡と断定できる件数は、心中以外~だと40例/44人となる。)

 

 

この疑義事例、少しわかりにくいのでどのような扱いとなっているのか見ていきましょう。

そもそもこの疑義事例が導入されることになったのは、平成28年(2016年)3月の社会保障審議会児童部会「新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会報告(提言)」の中で、統計・データベース等の整備に関する意見について下記のように記されたことがきっかけのようです。

 

 また、「防げる死」としての子ども虐待、事故、自殺による死亡から子どもを守ることは子どもの権利保障として重要であり、亡くなった子どもの死を検証し、それを子どもの福祉に活かすことは、子どもの権利保障を行う大人の義務でもある。そのため死亡事例や重大事例の検証は欠かせない。現に、これまでの死亡事例検証により多くのことが明らかになり、施策に繋がってきた。しかし、これまでの死亡事例検証は子ども虐待による死亡を見逃している可能性を否定できず、病気、事故、自殺等他の死亡との統計的比較が困難である。現在の死亡事例検証を更に有効に行うための制度変更に加えて、海外で行われているような子どもの全ての死の検証(Child Death Review)を行うことができるような制度の構築が必要であり、モデル的取組から検討すべきである。*1

 

この文脈を見ると、CDRの徹底を可能にするような制度構築について述べているように思われますが、一旦、これまでの死亡事例等の検証で見逃していた可能性のある事例を洗うことができるように運用を変更したのでしょう。

 

この文章からも分かりますが、疑義事例の検証は「子どもの権利保障」を目的としています。

 

例えば、報告書の中で疑義事例として報告されたケースのうち【事例3】として掲載されているものは、乳児が外傷性急性硬膜下血腫で死亡したものの、実母は精神疾患の治療中で症状に伴う意識消失により子どもを落としてしまうことがあったため、事故の可能性が否定できず、自治体としては虐待と断定することができなかったというものです。

これに対して、委員会は、そもそも子どもを落としちゃうような状態は養育能力の不足としてとらえるべきであって、実母の意図がどうとかよりも、その子が安全な状態で育てられているかどうかっていう基準によって、虐待死の事例として検証するかどうかを判断しないとダメだよね。(意訳)

 

という判断を下し、第13次報告の虐待死の件数に含めて検証しています*2

 

また、【事例4】でも、過去にあおむけに寝かせるよう指導されていたにもかかわらず、寝付かないとの理由でうつぶせ寝をさせた結果、SIDS乳幼児突然死症候群)と思われる症状で亡くなったという経緯で、警察による捜査や解剖から事件性が否定されていたため、自治体は虐待と断定することができなかったということです。

ですが、このケースではネグレクトのために乳児院に措置されており、家庭復帰後に乳児院から寝かせ方についての指導があったという経緯があり、子どもの生活環境としてそのような養育能力/意思が低い親の下で養育されること自体どうなのかという観点から、虐待死としての検証をするかどうかを決定すべきである、という判断から事例に加えられました。

*3

 

一方で、委員会が虐待死として検証に加えるべきと判断できなかったケースもあります。

 

【事例10】では、ベッドでぐったりしていると救急搬送され死亡した乳児について、家庭の生活環境からネグレクトが想像されたものの、警察の捜査後も事件化されなかったこと、死亡前に家族が在宅していたことからネグレクトによる虐待死として検証すべきと判断ができなかった、ということです。

*4

 

【 事例4】との判断の差異が気になるところですが、前者は実際にネグレクトとして一時保護→措置された事実があるという点が大きいのでしょうか。

しかし、【事例10】では新旧の皮下出血も見受けられたとのことなので、この報告書上での記載のみでは曖昧さが拭えない感じもします。

 

 

今回から自治体に疑義事例を報告させるようにしたのは、これまで埋もれてしまっていたかもしれない、虐待による死亡の見逃しを防ぐことにあります。

また仮に虐待死ではなかったとしても、疑義事例のケース紹介を掲載することで、似たような状況にある家庭への対処に迷っている自治体担当者等の判断の助けになることも考えられるでしょう。

 

ただし、虐待死事例として検証するかどうかの判断が曖昧になると、自治体の方で報告を上げるかどうかの判断もまた曖昧になり、結果として疑義事例として報告されるべきものが事故として処理される可能性も出てくるという、まさに「疑義事例」というカテゴリーを作ることになった理由と同じことが繰り返されるのではないかと思います。

難しいこととは思いますが、今後の委員会の議論の中で、「疑義事例」の定義及び「疑義事例の中でも虐待死として検証すべきであると判断する基準」が明確にされることを願います。

 

疑義事例について、まとめとして今回の報告での「虐待死として検証するべきと判断するかどうかの基準(虐待死ではないという判断をしない基準)・気を付けるべきポイント」のようなものを下記に適当に羅列します。

 

・(乳児の遺体を遺棄したケースで)死産ではない可能性を否定できない

・事故のケースであっても、養育能力の不足が背景として挙げられること

・上の点に関連して、捜査機関の判断や司法判断よりも、子どもの安全保護の観点で検討するべし

・直接の死因ではなかったとしても虐待の事実が確認されている

・直接の死因は病死だが、虐待の事実があり、かつ早い処置によって助かった可能性がある

・直接の死因は自殺だが、普段からの虐待の事実が認められ、それが自殺の主要な要因となっている

 

これらの基準・考え方が児童保護の担当者に浸透するようになれば、自ずと介入に迷いを覚えるケース等への対処の仕方も変わってくることでしょう。

その結果として、虐待で短い生涯を終えた子どもたちの無念が、次の代の子どもたちの命を繋いでいくことになるんじゃないでしょうか。

 

 

 

さて、死亡事例の数値云々の話は今後別の機会に投稿するとして(このペースだと再来年とかになりそうですが…)、最後に、報告書中の現地調査(ヒアリング調査)の結果がいろいろと役に立ちそうなので紹介します。僕の仕事で役に立つことはないけどね!

 

実は、こんな話題の最中にこんなことを言うと本当に不謹慎な話で申し訳ないと思ってはいるのですが、毎年私が密かに楽しみにしているのが、ここで紹介されるジェノグラム(家系図)だったりします。

虐待の重大事例が起こるような家だと、ジェノグラムが大変なことになっていることが多く、例えば今回ヒアリングを行った【事例1】ではこんな感じです。

(○が女性、□が男性、点線で囲まれた範囲が虐待の起こった家庭の同居世帯です。)

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多い!四角が…多い!

子どもを虐待をするなんて信じられない!という方も多いかと思いますが、普通だと信じられないようなことが背景で起こっている、という意味においてそれは正しいです。

また、次の【事例2】を見てみると、

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もうこれだと左上に目が行っちゃって肝心の家庭の状況が頭に入ってきません。その三角の数どうしちゃったんだよ。

事件は現場で起こってるんじゃない感がすごいです。

 

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時々入ってくるこういうジェノグラムを見ると少し落ち着きを取り戻すことができます。ジェノグラムとは本来こういうものだよな、という感覚が蘇るのです。テキストで記される情報は安心とはかけ離れていますが。

そして最後に【事例4】

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これはもう無理です。

子どもの虐待に関わる仕事がしたいと思ってましたが、自分には才能がないんじゃないかと自信を無くしそうになります。

いや、なんとなく状況は分かりはするんですが、自分の中の常識がその理解を許してくれないというか、とにかく完全に理解した!と感じることは一生ないだろうな、と暗い気持ちになります。

 

 

さてさて、今回のヒアリング事例で私がこれは!と思ったのは、上記にジェノグラムもある【事例1】のケースです。

これはDVをはたらく継父に女児が殺害された身体的虐待による死亡事例ですが、特徴として、この母子は一度婦人相談所にて一時保護され、支援の端緒についていたことが挙げられます。

ところが、児童相談所による一時保護は、継父に拒否されるのは当然として、母親にも拒否され、またこの母親は婦人相談所への入所にも同意せず、親戚宅を頼って転居した後に悲劇が起こりました。*5

 

このケースは読んでいて難しいなと思いましたが、解説を読んでなるほどな、と思いました。

これは、どうしても「継父からのDVを受ける母子」として捉えてしまうので、母子ともに分離せずに助けてあげたいという気持ちになってしまうため問題が難しくなるのであって、子どもの安全という視点を最優先に考えると、別の対処法が浮かび上がってきます。

 

ここで一番の問題となっているのは確かに継父による身体的虐待ですが、子どもが暴力を受けていることを知りながらそれを放置するという母親の態度は、実は「ネグレクト」の要素の一つに当てはまっているのです。

つまり、この場合、この被害児は母親によるネグレクトの被害者でもあって、継父・母親双方の同意が取れなかったとしても、児童福祉法第33条に基づいて児童相談所において一時保護することができたのです。

これは盲点でした。

 

 

婦人相談所やDVシェルター等の施設では、通信や行動についての制限があり、長い期間そこに留まって生活を送ることが難しい場合もあると聞きます。

また、DV被害者の心理として、そのDVをはたらくパートナーのもとに自ら戻っていってしまうというケースも少なからずあるようです。

 

そんな悩ましいケースでも、子どもだけなら救う選択肢があるという今回の事例紹介は、現場で積極的に周知されるべきだと思います。

 

 

 

以上のように、子ども虐待による「死亡事例等の検証結果等について(第13次報告)」は、これまでにも増して子どもの安全を重視する視点から作成されています。

 

とても素晴らしい内容だと思いますが、あえて苦言を呈するとすると、

長い。

自治体等の担当者など、子どもに関わる全ての人に読んでもらえると良いなと思いますが、pdfファイルを開いた瞬間に「261ページ」の表示が出てきたら、普通の人は萎えます。

 

またその内容として、

「心中以外による虐待死事例(48例)のうち、○○に当てはまるのは16例(33%)、そのうちの4例(25%)は△△に当てはまり〜」という分析がかなりの部分を占めていますが、

ぶっちゃけそれって統計的に何か意味あるんですかね。

 

なんだったらそういった数値データの大部分を別のcsvファイルに入れて見たい人は閲覧できる状態にしておいて、報告書本体はここで取り上げたような定性的な分析に注力してはどうかと思います。

 

この意義の大きい報告がより多くの人に読まれることを願います。