ネグレクトの原因が判明?
新聞等では先に報道されていましたが、高崎健康福祉大学のHPに下記のプレスが掲載されました。
内容はご一読いただければと思いますが、概説すると、
①母マウスが養育行動をとるかどうかは、その母マウスが胎児の時に決まる。
②妊娠時に母マウスのプロラクチンというホルモンの分泌が少ない場合、その胎児が成長して、将来出産した時に養育行動をとらない。
③遺伝子の欠損によりプロラクチンの分泌が少ないマウスと正常マウスの仔の胚を交換し、互いに代理出産した場合でも、プロラクチンが少ない代理母が出産した仔マウスがその後養育行動をとらなかったため、遺伝要因ではなく胎児期の神経内分泌環境が重要と考えられる。
④プロラクチンの分泌が少ない母マウスでも、妊娠時にプロラクチンを投与していればその時に生まれた仔マウスは将来ネグレクトを回避できる。
という内容で、マウスの実験段階ではありますがなかなかショッキングではあります。
我々の(虐待)業界では、近年?福井大学子どものこころ発達研究センター・友田明美教授の研究を筆頭に、脳のイメージング技術を用いて虐待・体罰が子どもに与える影響の大きさを調べる研究や、ホルモンなどの物質のはたらきを調べることによって虐待・ネグレクトが発生するメカニズムに接近しようとする研究がブームとなっています。
(その専門の方々からしたら前々からずっと研究してるんだと思いますが。。)
その友田教授も参加している「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」プロジェクト(JST/RISTEX「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究領域)をとりまとめている、理化学研究所の黒田久美博士も、脳のはたらきと養育行動の関係に関する研究をリードされているお一人であります。
(まったくの余談ですが、ミーハーな私は、先日の子ども虐待防止学会学術大会 in 千葉にて、黒田先生の研究と何の関係もないのに無駄に名刺を交換させていただいてめっちゃテンションが上がってました。)
黒田博士の研究では、交尾未経験の雄は子マウスに対して攻撃行動をとるにもかかわらず、交尾とパートナーの妊娠・出産を経ると養育行動をとるようになる現象について、脳の内側視索前野(MPOA)という部位の中心部が活性化しているということが明らかにされています。*1
その他の研究でも、母マウスが養育行動をとるためにMPOAが重要な役割を果たすこと、エストロゲンやプロラクチンなどの出産や授乳に関わるホルモンがその脳部位の活性に影響を与えるということが指摘されているようです。
(まだまだ勉強の途中ですみません。)
今回の研究では、このMPOAを中心とした養育行動に重要な神経回路の活性について、胎児の時の母胎内の環境が大きな影響を与えるということを明らかにした点が画期的でした。
「子ども虐待対策」は学際的だとか分野横断的な問題だと言われながら、実際には別々の研究をしている研究者がただ集まっているだけの状態が長らく続いてきましたが、今後はこういった脳やら神経やらホルモンやら生理学やら遺伝学やら分子生物学 etc. といった知識を、誰もが当たり前にもっていなければならない時代になりつつあると思います。
算数ができないド文系の私も、現在脳の機能や神経伝達物質等の役割について必死に勉強しているところです。
ですがそれは逆もまた然り、ということで、僭越ながら社会科学的な観点から虐待の勉強をしてきた者として、今回のプレスを見ておやっ?と思ったところを書きたいと思います。
まず、プレス本文の出だしで
児童虐待の相談種別対応件数 122,575 件のうち 25,842 件が「保護の 怠慢・拒否(ネグレクト)」で、全体の 21.1%を占めると報告しています(平成 28 年度 社会福祉行政業務報告)。この数は前年(27 年度)に比べ件数で約 1,400 件、割合で 6%増加しており、年々増加しています。ネグレクトの原因に関しては「幼児期にネグ レクトされた人は、将来親となった際に今度は自分の子供をネグレクトする」といった 断片的な知見が先行するもその科学的理解は極めて乏しい現状です。
とあり、まぁそれはそのとおりなんですが、前年から増加したネグレクト約1,400件(精確には1,398件)のうち、警察からの通告が増加した分が1,329件で、ほぼほぼ警察の頑張りで説明できます。
この文脈で「年々増加しています。」とだけ書かれると、最近の母親の神経内分泌環境が乱れてきている!とか言い出しちゃう人が現れるので、この辺の書きぶりには注意が必要です。
また、このブログを読んでいる人であればわかると思いますが(というほど投稿もできていませんが…)、児童虐待の相談対応件数が増えたからと言って虐待そのものが増えたかどうかは分かりません。
こういう勘違いを放置してしまうと、その勘違いに基づいて形成された政策によって、本来有益に使えたはずの予算が効率の悪い政策に消えていくという罠にはまってしまうので、気付いたら何度でも指摘する必要があります。
(「3~5歳児の教育費無償化」とかは3歳児神話の賜物ですね。そんな感じ。)
また、“「幼児期にネグ レクトされた人は、将来親となった際に今度は自分の子供をネグレクトする」といった 断片的な知見が先行するもその科学的理解は極めて乏しい現状です。”
というのも当然と言えば当然の話で、何故かというと幼児期にネグレクトされた人がかならずしもネグレクトをするわけではないからです。
そういった辛い経験をした上に周囲から適切なサポートを受けることもできなかった人が、さらに生活上のストレス等を抱えることでネグレクトしてしまう、というのが真実で、「ネグレクトされたら子どもをネグレクトする」などという一貫した科学的理解を導くことができないのは当たり前のことなのです。
学際的な研究課題において、自分には他分野の専門知識がないからといって、他分野の専門家の研究に対して触れずにそっとしておくというのは、子ども虐待対策のようなそもそも研究者の層の薄いマイナーな課題にとってはむしろリスクが大きいと思います。
このようなマイナーな課題だからこそ、分野を異にする専門家間で知見を共有するべきだし、おかしなことを言っている別分野の専門家がいれば、それを別の視点から批判するという健全なやりとりがなければならないと思います。
(嫌われると思うけど、心理学系・医療系の人の論文で、前文に「このように児童虐待は年々増加しており」って書くのホントやめてほしいということは延々言い続けます。)
そのためにも、他分野の研究について基礎的な知識を吸収し続けることが大事だし、それが他分野から見た自分の姿を省みる機会にもなるんじゃないかと思います。
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*1:理化学研究所(2015)「マウスの『父性の目覚め』に重要な脳部位を発見 ―オスマウスの子育て意欲は2つの脳部位の活性化状態に表れる―」
http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150930_1/
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